(朝日新聞「論壇」に2000年2月に投稿,ただしボツ)
豊島耕一(佐賀大学理工学部教授)
昨年10月21日,スコットランドの小さな町で,核廃絶運動の歴史に残る大きな判決が出された.グラスゴーの近くにあるグリーノックの治安判事裁判所は,湖に浮かぶミサイル原潜関連施設「メイタイム」のコンピュータなどを水に投げ込んだ3人の女性を完全無罪としたのである.判事は,核兵器は国際法違反であり,彼女らの行為は核の使用という巨大な犯罪を防ぐための正当な行為であると述べた.
2日後の朝日新聞はこれを報じ,「核兵器の合法性について国際社会に改めて一石を投じ,世界の反核運動を勇気づける『小さな町の法廷の大きな判断』になるかも知れない」と記事を結んだ.また英紙サンデー・ヘラルドは,米英の軍事当局はこの判決を非常に深刻に受け取っていると伝えた.
この3人のなかの中心人物,アンジー・ゼルターを私たち支援グループは日本に招待,3月3日から15日まで全国8都市で講演をしてもらうことになった.彼女らが「非武器化」した施設の名前を取ってこのツアーを「三月のメイタイム」と呼ぶ.
彼女らのグループは「トライデント・プラウシェア2000」(TP2000と略)と呼ばれ,70年代のアメリカの非暴力直接行動の思想を汲む.プラウは農具の鋤のことで,イザヤ書の「剣を鋤に鋳直せ」という言葉にちなんでいる.つまりイギリスが配備している核ミサイル原潜トライデントを廃棄して「鋤」に変えようというのだ.
98年夏に開始されたこの運動はその公開性が大きな特徴である.今回のようなやむを得ない事前の秘密性を除いて,すべての直接行動(座り込みや基地への侵入など)はその内容や日時,それに参加者の名簿まで事前に公表される.そして罵声さえも否定する完全な非暴力と行動の安全を基本原則にしている.また直接行動自体を目的としているわけではない.事前にあらゆる穏便な手段を試みた上,さらに政府に交渉を求め,それでも当局が責任ある態度を示さないために自ら行動を起こしたものだ.つまりあらゆる意味で「アカウンタビリティー」を持った運動である.
アンジー・ゼルターは96年にも似たケースで無罪の評決を受けている.彼女を含む4人の女性たちがインドネシアに輸出される予定だった戦闘機をハンマーで壊してこれを阻止したのに対して,リバプールの裁判所の陪審は「東チモールでの虐殺防止のための正当な行為である」として完全無罪としたのた.(岩波「世界」99年11月号にこれについて本人が書いた文章がある.)
彼女らの行動は表面上過激に見えるかも知れないが,政府自身が大量殺りくや核の配備のような巨大な犯罪を犯しているとき,非暴力のあらゆる手段でこれに立ち向かうことは人間としてむしろ当然のことであり,しかも完全な合法性を持つものと言えるのではないだろうか.実際イギリスの裁判所はこれら二つのケースでこれを認めたのだ.
今回の日本での講演の草稿によると,イギリスは核兵器国の中ではその撤廃に最も近い位置にあるという.英国の核は4隻のトライデント原潜に搭載されたものがすべてであり,それへの国内の反対世論は高まりつつある.実際,グリーノック裁判の勝利を受けて展開された2月14日の原潜基地封鎖行動には400名もの人々が結集し,2時間にわたって職員の入構を妨げた.逮捕者も185名にのぼり,その中には,スコットランド議会議員やヨーロッパ議会議員,そしてスコットランドの聖職者10名が含まれる.
TP2000の重要な戦略は国際連帯である.イギリスの核の脅威を直接・間接に受けるのは世界中のすべての国である以上,これはイギリスの国内問題ではない.したがって国際市民がその脅威を英国政府に訴え,直接行動にも積極的にかかわることで英国の核を「各個撃破」できる,というのである.そのため我が国の市民にも参加を呼びかけている.
「交渉によってバランスを取りながら核を減らすのが現実的だ」という考えはむしろ非現実的だ.この論理は軍や官僚に核廃絶を回避するあらゆる口実を許す余地があるし,部分的にせよ「核抑止」の論理を認めるものでもあるからだ.すべての国が「一方的に」核を廃絶すべきこと,これこそが現実的な道である.
(全国講演ツアーの詳細については次のホームページをご覧下さい.http://www03.u-page.so-net.ne.jp/ta2/toyosima/goilsupt.html)